自由

遠回りして戻ってきました

1年前の5月頃、母が家族のホームセラピストとして活躍し、家庭内平和の循環の輪を広げるための土台作りがしたいと思っていました。

明け方に、目覚めた瞬間にふと降りてきたというか、インスピレーションのような。

母が自分を生きることで、本当の自分に目覚めることで、子供が変わり、主人が変わり、関わる人が変わるのでは、と思っていました。

子供にとって、人生の大半で1番影響力のある大人は母親で、家族の中でも父親より母親の存在は大きいと思っています。(私はそうでした)

母親の価値観が子供の価値観になり、母が言えば子供の中で絶対正しいものである。

という風に私の中の母は絶対的な存在でした。

だから、母が感情的に怒れば、悲しめば、楽しめば、それを子供は鋭くキャッチし、感情に合わせてどうすればいいか、怒れば、悲しめば、どうすれば母が笑顔で居られるか、顔色を伺い、子供の頭で一生懸命考える。

親の感情や思考、行動で、きっと、子供ながらにものすごく苦しんできた人もいるのでは。

私の場合は、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」という言葉に囚われて、感情をストレートに出すではなく、グッと飲み込んで、本音に蓋をしてきました。

だから大人になっても自分のお腹の声って?何?と感情が分からなかった。

そうやって感情を我慢して生きてきた私は、本当の自分でいられる、ホッと安らげる場所というのを無意識で作りあげてきました。

外で頑張る私が、たくさんのプレッシャーを感じる私が、本当の私でいる空間を。

だから、私は子供が生まれたら、子供が感情に蓋をしないよう、本当の自分でいられるよう、本音の自分でいられるよう、我が家を安心できる安全な場所として、居場所作りにこだわってきました。

結婚前までは私のための空間を、結婚してからは家族のための空間として。

私は3人目の育休と引っ越しのタイミングで会社員を辞め、リフレクソロジーを学んで、自宅サロンをオープンしました。

会社員を辞めた理由は、まず、引っ越した場所が勤務先から遠く、片道2時間、何かあった時のために子供のそばで働きたいと思ったから。そして、転職ではなくて自営にしたのは、雇われたくなかったから。自分で何かをしたかった。転職するには年齢等の条件もあったけど、この年齢で新人、子供の熱等の理由で周りに気を使いたくなかったから、それなら私がやればいいと思いました。

自営するにあたり、何がいいか、悩みました。家で出来る仕事、WEB系、ライター、モノづくり、ベビー系、ヨガ教室、色々あるなかで、なぜ、リフレクソロジーだったのか、そして、なぜ自宅サロンだったのか。

家族にリフレクソロジーをしてあげたいと思ったから。

リフレクソロジーはコミュニケーションのツールだと思ったから。緊張した体を緩めたいと思ったから。本音の言える場所だよと子供達に伝えたかったから。

母の手の平の温もりと肌のふれあい、スキンシップを通して、ここはあなたの本当の居場所だよ、と伝えたかったから。

外で頑張る子供達、主人に緩んで欲しかったから。

そうやって、緩んでリラックスしたら、また自分で、よし!って頑張れるんじゃないかと思ったから。

家族の幸せを願ってリフレクソロジーを学ぼうと思いました。ストレートに愛情表現のできない私だからこそ必須だったんだと思います。

家族への愛はあるのに、「大好きよ、愛してるよ」と素直に言えない私のためのリフレクソロジーでした。

老若男女、世界共通のコミュニケーションのツールだと思っています。子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで、国籍関係なく、みんなに「気持ちいい」と思ってもらえる、それがリフレクソロジー。

リフレクソロジーだけじゃなく、ボディケア(マッサージ)、ヘッドマッサージ、学んだもの全て、人を筋肉から緩ませられる。全てはコミュニケーションツール、そのために学んできたんだと、やっと自分の人生で体験してきたことが、何のために、何を学ぶために体験してきたのか、カチッとハマって来ました。

自宅サロンだって、たくさんのプレッシャーを感じてる人が、心と体を解放するための場所、ホッとできる場所として、我が家のように寛げる場所として、頑張っている人たちのための居場所にしたかった。

ここなら、安心して本当の自分に戻っていいよ、という気持ち。

だから、サロンに来たお客様との会話はすごく楽しかったし、そして人に言えない話も聞いてきました。

もちろん、ゆっくり休んでもらいたいので、静かに施術を行いながら。

リフレクソロジー、ヘッドマッサージ、ボディケア、体に触れられる技術は、家族のためのスキンシップ、コミュニケーションの1つとして、大切なものだと思っています。

家族全員の幸せを願う母が、家族に触れることで、

「なんで私はこんなに主人にイライラしていたんだろう」

「なんで子供達にイライラしてたんだろう」

「あぁ、主人も体が固くなるまで、こんなに会社で頑張っているんだなぁ」

「子供達はこんな小さい体で一生懸命生きてるなぁ」

「もうこんなに足も大きくなっちゃって」

「生まれた時はあんなに小さかったのに」

と当時の記憶が蘇り、当時の感情を思い出す。

そして、ちょっとイライラしすぎてたな私、もっと家族に優しくしなきゃなぁ、と自分自身を書き換える。

そうすると、新しい気持ちで再出発できる。

自分にとっても家族にとっても必要なツール。

それなのに、私は自分の想いをすっかり忘れ、何のために今があるのか、何のために講座を受けているのか、先には家族への想い、周りへの想い、平和な願いがあるにも関わらず、自分のために学んでいたなと、利己的になっていました。

もちろん今の講座は私がやりたいことのために必要必須であり、母達に伝えていかなきゃいけないと思っています。

それはまた改めて。

1年かかってようやく、また自分のやりたいことに戻ってきました。

というか、この1年は本当に本当に本当に苦しかった1年でした。

これでもか!!ってくらい、私の弱さに直面し、目を背けたくなる感情を逃げずに立ち続けたこと、いかに自分が責任逃れしていたか、被害者意識でいたか、感情に向き合うことが出産より何十倍も苦しかったこと。

もういや!!!ってくらい自分を見てきた私だからこそ、自分が軽くなることが分かり、こんなに苦しい中で生きてきたんだな、ということも分かるし、自分の人生自己責任であること、私は子供達に母だからこそ伝えられること、生きていく上で必要なことを伝えていく必要があると思いました。

学校行ってない子供たちだからこそ、自分の取り扱い方を私が伝える、そう思っています。

子供達の固定観念を無くし、もっと自由な世界へ、子供達が自分の意思で選択した人生を歩むべく、私が伝える。

家庭内の愛の循環の輪を広げるために、まずは母たちが家族の心と身体のホームセラピストとしての土台作りをしていきます。

-自由
-, , , , , , , , ,

© 2021 「未熟なあなたが、本当の自分に目覚め、生まれ持った才能で生きる」 Powered by AFFINGER5

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。