自由

自分を解放すること

今思うこと。

 

頑張れば頑張ろうとするほどうまくいかない。

努力すればするほどうまくいかない。

自分ではない生き方をしようとすると本当の自分から離れて、理想と現実に大きなギャップが生まれて心のどこかに何かしらモヤモヤ、不安、イライラ、こうじゃない感、くすぶっている感じ、なんか違う、と言った喜びからかけ離れていくような虚無感。

私が主人に対して嘆いていた時期数年間、私は自分が思ったことを素直に言えば、口に出しさえすれば解決できたことでした。

前に書いた恨み節に関しては、すべて私が招いたことです。
私がその時に「こうしてもらいたい、こうしてほしい」とただ言えばよかっただけなのに、言わずにグッと感情を飲み込んでしまったことで、モヤモヤした感情になってしまったのです。

私は、主人に自分の気持ちを伝えていたら完了したことだったんです。
それなのに言えなかったからこそモヤモヤが大きくなり、数年に渡りどんどんごみのような感情が膨れ上がっていったのです。

一生懸命搾乳してやっととれた母乳だったのに、「すくな・・・」て言われたのだって、私が「一生懸命時間かけて搾乳したのに、そんなことを言わないで」とさえ言っていれば、きっとやっとの思いで搾乳した事実が相手に伝わったのかもしれない。

ハワイに行ったときに主人一人で歯磨きし寝ようとしたときに、「一緒に行ってほしい」とさえ言っていればイライラしながら娘を連れて夜のビーチで遊んでなかったかもしれない。状況が変わったかもしれない。

その時その時思った気持ちを素直に言葉に出す、大切さ。
本当は一人で子育てなんてしたくない。
母親一人で、女一人で子育てをやるものじゃないと思っているし、もっと子育てを夫婦で、家族を自分たちの手で創っていきたい、お互いが思い描いている理想の家族像を夫婦で話して、お互いの理想を統合させてより良い家族の在り方を目指していきたいし、家族の形は1つではないし、どれが正解というのもないので、とことん得意不得意を補い合って家族という共同体になればいいと思っています。

私は洗濯干す、食器洗い、トイレ掃除、風呂掃除、細かい掃除が苦手、やりたくない。
なんならご飯も作るのは好きだけど、3食は作りたくない。
時々面倒だと思っている。
家事なんて時間かけるべきじゃないと思っているし、やらなきゃいけないとも思ってないので、掃除は週1でもいいと思っているし、洗濯も下着だけ洗えばいいと思っているし、お風呂も毎日入らなくていいと思ってる。
子供は大好きだけど、一緒になって遊ぶというより、どちらかというと主人と子供が一緒になって遊んでいる姿を見るのが好き。
家族と毎日いれるけど、一人の時間も空間も大切にしているので家族といえども常に近すぎる距離は苦手。お互いのプライバシーも必要だと思っているので基本的に詮索しない。
私はがっつり働きたい。
毎日楽しく笑って過ごしたい。
自分を生きる。

主人が得意なところはとことん任せようと思うようになりました。

頑張ってやらなきゃいけないことを少しずつ手放してきています。
おかげで主人は自ら夕食を作り、子供たちに喜んでもらいたい料理を作り、掃除やトイレ掃除、私がやらないところの掃除を気づいたらやるようになりました。
数年前に比べて、同期やママ友に愚痴っていた時の主人ではなくなりました。

私が完璧さを求めていた分相手にも完璧を求め、高い理想に行き届かない主人に嘆き、愚痴っていた私は、私自身が完璧を手放したので、もっとがんばらなきゃを諦めたので、高い理想が無くなった分相手を気にすることが無くなりました。
主人が変わったわけではなく、私が変わったからこそ見方が変わったのです。

私自身が作った「こうしなければならない」狭い枠を無くすことで、自分の内側にあるものが変化してきました。
私の心には余裕が生まれ、自分が満たされてきているのではないかと思います。

自分が満たされるようになったら初めて相手への思いやりが生まれると思っています。
よく相手を変えたいと思っている人がいますが、ぶっちゃけ人は変わりません。
人を変えたければ自分が変わる、そう思っています。

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