子育て

子育ては親育てと人育て

「自分の足で立ち、前に進む」そんな姿が見たい。

これは、みんなが、「本来のあるべき姿で生きていく」、それを私は見たいし、みんなに望んでいるんだと、すっかり忘れていた私自身の願い。一人一人がこうであってほしいと望むことであった。

だから、環境や、場所や人や、外側に原因があるのではなく、他責ではなく、全てにおいて、自分の内側の問題、自己責任で生きていく、そんな人を増やしたい。

もちろん、これは、私が徹底的に私自身がやるべきことであり、やっていくことであり、その姿を見せる。

それを見た、私に関わる全ての人が、自己責任で生きていく、自分の意思で選択して、自分の人生を自由に選ぶ。

どんな場所であれ、どんな環境であれ、どんな状況であれ、周りは関係ない。

いかに自分らしく生きていくか。

学校に行っても、行かなくても、行きたくない会社に行っても、希望通りの仕事じゃなくても、どんな場所であっても、「自分らしく」いること。

これが大事だ。

うちは、今現在学校に行ってない。

行かなくていいよ、と思っているけど、ずっと家にいてもいいよ、ではなくて、いずれ、「自ら行く」と言えば、行ってらっしゃい!になるし、

内側から湧き出るその想いを、自らの意思で動く力を信じているから、「やりたい」と思った時に行動できればいいと思っている。

今は、私の中で守りの体制になっていた。

でも、そうじゃないよな、と自分が本来見たい姿はどんな姿だったのかを忘れてしまう。

つい、母モードに入って、可哀想扱い、守ってあげなきゃ、私がどうにかしなきゃ、傷つけないように守る、

私はそんなことがしたいわけではない。

家族の、一人一人が持ってる、力強さをみたいのだ。

守ることも大切だけど、何でもやってあげる、という過保護ではなくて、その人を信じるために手を出さない、見守る、今はその時期なのかな、と思っている。 

   

だから、環境を変える、人を変える、場所を変える、は意味なくて、結局、変えたところで、何も変わらない。

そうではなくて、どうやったら、その人が自分の意思で動けるか。

押し付けでも、アドバイスでも、強制でもなく、あくまで、本人の意思で動ける力を信じて、無意識でいることを、言語化して、意識にあげさせる。

それが大切なんだと思った。

そのために、何かあっても大丈夫という安心感と、絶対信じてもらえるという安心感と、いつでもチャレンジできるという自らの意思と、失敗しても、怖くなっても、勇気がなくても、戻ってきて、落ち込んだとしても、また立ち上がって進めばいい。

そんな絶対安心の場所が「家」でありたい。

その中心が「母」でありたい。

どんな在り方で、家族をどんな見方でいるかで、過保護になるか、ワンマンになるか、家庭をコントロールしようとする母になるか。

どれだけ、中庸で、「正解、不正解」、「正しい、正しくない」どっちかの見方ではなくて、いかに、家族1人1人のありのままの姿を認め、信じるか。

守りすぎず、コントロールしすぎず、家の中を、家族1人1人が自分らしく生きる、何にも囚われてないありのままの姿で過ごせるかどうか。

私の課題でもあり、周りに伝えるべきことでもあり、どんな大人になって欲しいか、子供へ望んでいること、純粋なものなのか、もしくは、自分のできなかったことを子供に託すという、投影なのか。

人を育てることの難しさを今更ながら感じ、でも、子を育てることで、未熟な私からやっと大人になっているのを実感。

全てにおいて、短縮、省略、簡単なものではなく、遠回りに見えるかもしれないけど、地道に一つ一つ歩んでいくことで、自分の中に落とし込んでいける。

子育ては、人を育てる、親も育つ。



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