自由

価値観の転換

改めて。

私は、小学校の時、学校ではみんなと同じことをしなければならないことに疑問でした。
なんでみんな一緒じゃなきゃいけないの?

私はこうしたいのに、ダメって言われるんだろうって。
自分がしたいことを思いっきりできる場所ではないと感じていました。

その時に思っていたのが、「なんで学校に行かなきゃいけないんだろう」

誰かに聞くわけでもなく、自分の中でただただ思っていた疑問。
なんで宿題しなきゃいけないんだろう、なんで勉強しなきゃいけないんだろう、なんでみんなと一緒じゃなきゃいけないんだろう・・・・・。

素朴な疑問がありました。
学校行かなくたってどうにかなるって思ってました。

しかし、私の心の中にある疑問はいつしか、その疑問を忘れてしまっていました。
学校生活は私にとって友達と遊ぶ場所、給食食べる場所、先生や学年違う人たちと関わっていく場所、そして全員が同じことをする場所でした。

「こうしたい」という想いはいつしか、「みんなと同じ」に変わり、「自分らしさ」を出してはいけない場所だと思っていました。
1つの学校という世界の中に入ると、その世界でしか生きないようになる。世界の外を飛び出したらどうなるんだろう?と外の世界に関心を示さなくなる。安全で平和だからわざわざ危険を冒してまで行動しようとは思わない。そして学校へ行くことが当たり前だと思うようになる。

私にとって学校は本当の自分でいられる場所ではありませんでした。

 

私は大人になり、家庭を持ち、子供が家の中と外と態度が全然違うことに驚きました。

長女は自分を曲げない意志が強く、絶対やり通す。
ヤンチャで変顔や冗談を言ったり、ユーモアたっぷりある娘だと思っていました。

しかし、保育園の懇談会の時に初めて、うちの娘が大人しいと言われ衝撃だったのは今でも忘れません。
違う誰かのことを言っているのかと思ったくらい。
家ではよく喋るし、活発だし、でも保育園では一言も喋らない、大人しい。

「自分が出せないなんて勿体ない!!」って思いました。
こんな面白い子がほかの人に知られないなんて、勿体ないって。

末っ子も同じように保育園では大人しいんです。

長男はどちらかというとどこでも誰とでもすぐに友達になるので保育園では楽しそうに過ごしていました。しかし大きくなればなるほど、繊細さが増し、誰かに怒られたらどうしよう、大人の発言を敏感に受け止めていました。

「僕保育園に行きたくない」と言って休むこともあれば、教室に入れず嗚咽して先生に抱っこされて登園したり。落ち着くまで数か月かかりましたが、落ち着いたときには息子の息子らしさがすっかり抜けて、心と表情が閉じたように感じたのをはっきり覚えています。
その時に、働きに出ていた私を責めました。子供優先して私は仕事を休めばよかったのに無理やり登園させてしまったことを、休ませてあげれば良かったと後悔しました。

 

私は、子供が自分らしくないとき、我慢している時、偽っている時、無理して頑張っている時、
すごく泣きそうになります。悲しいというか、嘆きというか。

なんで我慢をしなきゃいけないんだろう、なんで自分らしくいられないところに長時間もいなきゃいけないんだろう、私は、自分らしく居られない場所にずっといるとどうなるかって私が身をもって体験したので、自分らしくいられなくなる苦しさを知っています。

本当に辛いの知っているから。

 

自分がマヒして本音もわからない、私のやりたいことも、夢も、何もかも。自分らしさでいられることの幸せ感、軽さ。私が自分らしく居られなかったからこそ痛みが分かる。

 

だから、「本当の自分で居られる場所」さえあれば、学校だろうが家だろうがどこでもいいんです。
子供たちは「学校に行きたくない」と自分で勇気を出して、「行かない」と私に言いました。すごく勇気のいる行動だったと思います。

子供たちは自分の意志で「行かない」を選択をしました。

 

私は自分らしく居られない辛さの痛みを知っているから、「行かなくていいんだよ、大丈夫だよ」と言えたんだと思います。

もし私が学校が大好きで自分らしく居られる居場所で安心で安全な自分のホームであるならば、なんて言っていただろう。

学校行っても行かなくても、自分らしく居られる場所があるならどこでもいいやと思っています。
勉強より大切な、「自分を大切にできる」場所があればいい。

自分らしく居られない場所があるなら居られる場所へ行けばいい。
うちは「学校行かない」を選択していますが、自分らしく居られる場所が少しずつ大きくなっていずれホームを拡大して広げていけばいい、そう思っています。

少し前まで私はホームスクールに寄りすぎていた気がします。
決して学校がダメというわけでなかったけど。批判のような意見になっていた気がします。私はただ、「自分らしく居られる機会と場所」を作ってあげたいだけ。自分が自分に目覚めて、ありのままの自分で生きられる場所を与えたい。ただ、そうしたいだけなんだと最近はっきりと思うようになりました。

自分の価値観がまた少しずつ変わってきているなと思います。
ニュートラルな私でいたいと思っています。

-自由
-, , , ,

© 2021 「未熟なあなたが、本当の自分に目覚め、生まれ持った才能で生きる」 Powered by AFFINGER5

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。