自由

会社員だった私

会社員時代。

大学卒業して就職した会社に約16年お世話になりました。

途中2回の育休を挟み、3回目の育休明けに退職しました。

営業所勤務希望で入社しましたが、配属先は本部の全然思っていたところと違う部署。

企画課の中の、企画側ではなく、サポートする部署。

華やかな営業所勤務を夢見ていましたが、実際は地味な、多忙な、細かい作業。

私の想像してた業務ではなかったけど、ここで数年働いて営業所へ行こうと密かに思いながら業務をこなすものの、難しい、忙しい、毎日営業所と海外支店からの電話に追われる、ルーチンの作業、クレーム対応、謝罪文作成、営業所に報告、請求書締め等々、1年目仕事をこなすのにいっぱいいっぱい、なんとかランチの時間を作り、基本終電。22:00に終われば今日は早く終わったから飲みに行こう!といい同期や先輩と飲みに行く、みたいな毎日を過ごしていました。

目の前のことをやるのに精一杯。

家は眠るだけの場所。

ご飯を作る気力も無く、お惣菜を買って食べる、週4〜5お酒飲んで帰る、週末は午後までひたすら眠る、の毎日。

当時タバコを吸っていて、肌荒れもひどく、偏った食生活で太り、腰痛、肩こり、体はボロボロ、頭の中は常に仕事、これが終わったら次はこれと、頭の中が整理もできないまま新しい問題がやってきたり等々、余裕の無い心。心も体もボロボロでした。

それが仕事なんだと思っていました。

楽しいって思う余裕もなくこなす、これが仕事なんだと。

生活費を稼ぐための仕事。

私は大人になったらキラキラした働く女性に憧れていたけど(東京勤務だったので)、アフター5は合コン、趣味、習い事なんて思っていたけど、現実は全然違った。

そんなOLに憧れた。

21:00頃、まだ会社にいる私。先輩に呼ばれ、タバコを吸いに休憩、先輩の愚痴を聞きながら、タバコをふかす。そんな毎日。

同期と飲みに行けば、会社の愚痴。

「なんなんだ、うちの会社はよぉ」

「給料安いし、ブラック過ぎるんだよ!」

みたいな会社の愚痴。

愚痴が酒のつまみみたいな。

話が盛り上がると終電を逃し、朝5時までやっている居酒屋で始発を待つ。

もはや話すネタもないくらい。頭もぼーっとして眠い目をこすりながら始発で帰り、シャワーを浴びて、また会社へ。

若いって素晴らしい笑

多い時は月100時間近い残業をしていた。

私は何のために仕事をしているのかさえ分からなかった。

なんでこの会社に入ったのかも思い出せなかった。

会社のために自分の体を、身を捧げた20代。

何の抵抗もなく、ただただ働いていました。

愚痴を言うだけ。

転職もせず、自分の人生のために勉強するわけでもなく、夢もなく、一生ここで働くのは嫌だ!!と心の中で思いつつも、何もできない自分。

何もできない、というか何もしなかった私。

入社して早々にここの会社に希望が見えないと言って2週間で退職した同期。数年以内に辞めた同期。

みんな自分のことを考えて、夢を持って、やるなら今だと転職していく。

その当時は続かなかった同期という見方さえしていた。この厳しい環境に耐えられなかった人たちっていう可哀想な、同情するような気持ち。

ただ見送るだけ、それでも何もしない私。今いる同期がいるから、それでいいやと思う私。

それでいいと思っていたし、そんなもんだと思っていたし、見切りつけようとも思っていなかった。

転職する勇気もなければ、現状このまま何も不自由ない。昇給試験だって、断り続け、責任ある仕事から逃げたくて、今のままがいいと、勤務年数だけは長くなる。離職率の高いうちの会社では局の域に突入。そして、モチベーションないまま、情熱なんてありゃしない、いかに、ルーチンワークをこなすか、ただただチームの中の1人として、目立つことなく、ひっそりと生きていく。半年に一度の上期、下期目標を「なし」と提出し、上司に呼び出され、やり直し。無い目標を無理やり数値化させる。

1人目育休で初めて長い長い休みをもらう。

子育てしながら、しばらく会社から離れ、会社を、社会を違う視点で見るようになった。初めて会社員の私ではなく、1人の私として会社を見るようになった。

それを3回、会社員ではない私として家にいる。

そして私は3年前に会社を辞めた。会社員ではない私。

4回会社から離れてみた。

そうすると今まで会社の中にしかいなかった私の視点が変わり、外から会社を見たり、企業に勤めること、雇われる側、働くということ、自分で仕事を作ること、お金を稼ぐということ、全て私が勝手に作り上げた価値観というのが、パリンと壊れた瞬間でもあった。

日本でしか過ごしてなかった私が、短期ではあるけど、海外で生活をするようになったときに見える日本、のような。

価値観が変わる。

働くという概念が変わる。

ずっと会社を辞めるには、転職をすることしかないと思っていた私。その中で、正社員、契約社員、パートの雇用形態。

3回目の育休中。

自分で仕事をするという新しい選択。

私は子供のそばにいたかった。

子供の病気や熱で会社や一緒に仕事をしている人に気を遣いたくなかった。

子供を理由にしたくなかった。

雇われている間の拘束時間が勿体無いと思った。

もっと自由に働きたいと思った。

会社の利益より自分の幸せを、家族の幸せを優先したかった。

全て自分の望んでいることを1つ1つあげていくと、結局、会社で働く、雇われるという選択が無くなった。

今はこのコロナ禍という状況の中、会社の経営も厳しいところではあるが、正社員というのを捨てるには勇気がいるし、なんせ、怖かった。

私の場合は育休が終わるというタイミングがあったおかげで踏ん切りがついたけど。

勤務が長ければ長くなるほど、辞める覚悟、って相当。

もちろん会社員として、我慢せず、ちゃんと自分らしく働ける場所なら、自由に働ける場所なら、会社が好きならそれがいいし、なんだかんだ会社のことを考えるのが好きって人は、会社に夢や希望がつまっているなら、そのまま働くことは幸せな事だと思う。

そうではなくて、夢も希望もなく、大きなビジョンもなく、思考停止させた20代の私のような人がいるとしたら、ちょっぴり、違う視点で働くということを捉えてみるのもありかもしれない。

お金が1番、お金がすぐに欲しい、お金を稼ぐことが幸せの人は時給で働く方がぶっちゃけお金になるし、職種さえ選ばなければすぐに働くことができる。

自分で仕事を作る、は正直時間がかかるし、孤独だし、焦りが生まれるし、全然儲けにはなってないし(私の場合は)、どちらかというと今のままの私は、人が羨むメリットがない。

しかし、私には自由がある。

自分のペースと時間と場所を自由に決められ、自分がやりたいことを、思いのまま、自分と家族を優先できる仕事の仕方。

なぜ稼げなかったのか、なぜサロンがうまくいかなかったのか、コロナ自粛明けサロン閉めて約1年、なぜこんなにも次に働くまで時間がかかってるのか、なぜ動き出せないのか、それも含めて全て今は分かる。

だから、サロン経営に苦しんでいる人にも伝えられるし、自立したい女性のためのサポートもできる。

ちょっと前までは正直それさえ自信がなかった。

でも、今はだから必要だったんだ!と、私が経験してきたことを人に伝えるため、たくさん伝えることがある。

集客、売上、技術、決してノウハウではない。

サロンをまた再開させようと思っている一方で、女性の自立サポート、そしてサロン経営のサポートも今ならできる。

私が1年かけてやってきたことをもっと早く伝えることができる。

一応サイトにはプログラムは作っているものの、また内容を変えてお伝えしようと思っています。

まずは、サロン再開が先かな。

レンタルサロン探ししています。

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