自由

人生棚卸中

自分の棚卸中。

 

私は妹が生まれてから「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われて生きてきました。
辛い時、悲しい時、寂しい時、イライラしたとき、甘えたい時、そういう時は必ず
「お姉ちゃんなんだから我慢」という言葉を思い出しては、ぐっとこらえて自分の感情を飲み込んできました。

だから私は我慢強いねと言われ、そうじゃなきゃいけないと思っていました。
私が我慢をすれば親に認められることなんだと思っていました。

でもこれって親に「我慢しなさい」と言われたからってぐっと我慢した私のせい。
うちの娘と末っ子は我慢って言葉を知りません。
自分の感情のまま私がどんなに体調悪くて辛くても容赦ない。

「我慢してよ!」って思うけど、通じない。
でも私は小さい頃我慢した。
私だって我慢しない、親に感情をありのままぶつけることもできたのに、しなかった。

だからこれは私が「我慢すること 」を自分自身で、自分の意志で選んだ。

ずっと私は母が「我慢しなさい」と言ってきたから私は感情を出せない子になったんだ!!と人のせいにしていました。被害者意識でした。

でも子供たちみて思うことと、昔の自分を重ねて思ったことは、決して母のせいではなかったってこと。
「我慢しなさい」と言われて「我慢した」のを選んだのは私だったってこと。

 

今までずっと他責していた私でしたが、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われてその言葉通りに選んだのは私の責任ってこと。
だから今は昔の感情、自分がグッと我慢してきたこと、その苦しいと思う記憶はすべて自分の責任だったってことに気づきました。

むしろ、なんであの時言わなかったのだろう、言えばよかっただけじゃん。

と昔の悲しかった記憶が笑い飛ばせるくらいになりました。

 

学校だって、そう。
私は、1年生の時、トイレ掃除中、保健の先生に「6年生のお兄ちゃんに逆らっちゃダメ」と言われ、「なんで逆らっちゃダメなの?悪いことを言ったのはあのお兄ちゃんたちだったのに」と先生に抗えばよかったのにグッと我慢をした。
あの時、先生にわめいて怒って自分の感情をありのまま出せていたら、きっと状況は変わっていたかもしれないのに、私は言葉を飲み込んだ。

当時の記憶が、先生のせいで、私は我慢しなきゃいけなかったと人のせいになっていた。被害者意識。
でも、私が少しでも自分の感情を言えていたら。先生に「お兄ちゃんたちが先に言ってきたんだよ。だから私がお兄ちゃんたちに歯向かったわけではない」と言えていたら良かっただけ。
自分の怒りを認めて欲しかった。私はお兄ちゃんたちとお兄ちゃんたちをかばった先生に怒っていたってことを自分で気づく。

 

自分があの時こうだったのは、○○のせい、になっている時、もう一度深堀していく。
なんでそうだったのか、その時きちんと自分の想いを伝えてさえいれば、ゴミのような感情にはなっていなかったはず。
私はこう思っていたんだ、こうしたかったんだ。私がどうしたかったのか、に気づくとモヤモヤした感情は不完了から完了する。

そうやって自分で自分を癒していく。

だれかが素敵なアドバイスを言っていたとしても、結局自分を救えるのは自分だけ。
それに気づくこと。
自分が自分に向き合って、あの時の自分の感情を自分で認めてあげること。
「私はこうしたかった」と思えたときに、初めて、モヤっとした感情の記憶が消えてなくなる。

 

今自分の人生の棚卸をしていて、不完了な出来事を一つずつクリアしていく。
クリアして初めて先に進めると思っている。

脱皮した私が人を救えるように、まずは自分を救う。

 

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