自由

キラキラした目をみたい

2年前、長男が保育園通っている時、3ヶ月登園渋りが続いた。

原因を聞いてもなかなか本当のことを言わなかった。登園して教室に入る時、立ち止まり、泣き、毎朝20分、その場にいる。

当時私はサロン掛け持ちで、出張で働きに出かけていた。そこでボディケアを提供していた。

だから、自分の都合で休むわけに行かず、息子の登園渋りがあっても、無理やり先生にお願いして預けていた。

教室に入ってしまえば、夕方まで楽しくやってますよ、という先生の報告を聞き、安堵し、でも数ヶ月の登園渋り。

どうも大人の発言を敏感に、繊細に受け止め、怖いと感じるようで、園長先生が気を利かせて登園しやすいように配慮してくれた。

教室の前で「おぇ」っと吐きそうな時、家で泣きながら訴える時、私は保育園を休ませ、仕事を休んでいた。

しかし、それでも数ヶ月働きに出かけなきゃいけなかった私は、教室の前で立ち止まる息子を保育園に預け、先生にお願いして、仕事へ向かった。

その頃から息子の表情が変わり始める。

あんなによく笑う息子が、誰とでも仲良くしていた息子が、人前で笑わなくなってきた。目が虚ろ、心がどこかへ行ってしまったような、明らかに変化した。

主人に話してもそうか?と変化が分からない。

成長したのでは??と思ったこともあったけど、私は嫌がる息子を無理やり登園させたこと、すごく後悔した。

息子の心ではなく、仕事優先にしていた私。

息子が変化しているのに、いつか落ち着くであろうと様子を見たまんまでいたことを悔やんだ。

小学校へ入学しまもなく登校を渋り始めた。

2年前の登園渋りを思い出す。

足が動かない、頭が痛い、お腹が痛い、準備がノロノロ、静かに泣く、口が半開きの状態。

また同じような事が起きた。

私は息子の苦しい様子を見逃してはいけない、これを放っておいたら、我慢したまま生きていったら、いつか壊れる、心が死んでしまう。

ヤバい!!!!!!!

そう思った私は、息子の行きたくない気持ちを受け止め、早々に息子の行き渋りを受け入れました。

この頃学校へ行かないが理解できない主人と私は衝突していました。

息子には、息子がどうしたいか息子が選べるように、学校まで私が送り迎え、午前中行く、放課後行く、保健室に行く、いくつか方法もあるよ、と提案。

強制的にやるのではなく、子供が自分で選ぶために提案。

「学校に行かない」と息子本人の口から聞いたので、私はこの言葉を尊重し、今に至ります。

一度、学校まで見送ったことはあったけど、足が止まって動けない日は、家に戻り、休みました。

家に戻ると顔色も変わり、家で過ごすいつもの息子に戻りました。

今は息子は息子らしく生きています。好きなことに夢中になり、目をキラキラさせて楽しんでいる息子。目が虚ろで心が無くなったようなあの頃の息子ではありません。

「学校に行かない」ことに後ろめたさはあまり無いのでは。

時々友達とゲームしながら、言葉で攻撃されるとき、学校に行かないことに関して色々言われるので、その時は傷ついてる様子。

しかし、学校へ行くのが当たり前の世界で育ってる人には「行かない」は理解できないことだし、「学校へ行ってない」ってことで、色々な人に言われることは当たり前だし、むしろ覚悟すべきだし、一生、「学校へ行かない」「学校へ行かなかった」は付いてくる。ずっと我が子を守りっぱなしにはできない。

「学校へ行かない」を選んだのは本人。自分の意思で選んできているっていうことを自覚させる。私は、息子が傷ついている気持ちはしっかり受け止めるけど、家庭内では学校という言葉を普通に出します。

禁止ワードではない。

学校へ行きたくなったら行けばいい。

学校に行かないなら、行かないをどうプラスに、むしろ学校ではできないことをするには何をすればいいか。

息子が1つの事に、好きにこだわってとことんやること、

こだわりの好きから自信を持ち、自分を好きになる、

こだわりの好きを深く追求し、学びを深めていく、

常に高いゴールを目指す事、

何のために今やっているのか意識し、自ら行動する、

今を生きること、

家で過ごすということは、全部自分の責任であること。

時間もあり、スケジュールもないなか、自分でどうやって1日を過ごすか、全てを自分で計画しなきゃいけないこと、

などなど。

暇に過ごす、ぼーっと過ごすのも自分だし、時間をどう活用するかは全て自分。

うちには時間割というものがない。

娘と息子のスケジュールはそれぞれ。

2人同時に、同じことをやらせようとするとうまくいかない。

やりたいことが違うし、興味が違うし、こだわりが違うし、時間のかけかたが違う。

本人のペースを大事にしてもらっています。

息子にはまだちょっと難しいかもしれないけど、私が全てを決めてしまったら、いざというとき、自分で決められない人になってしまう。

私は、「え?どうすればいいの?」と自分のことなのに、小さい頃から親の言うことを聞き、親任せだったが為に自分の人生、自分で責任持って生きてきませんでした。人任せの、他責しまくりの人生でした。

だからこそ子供の時から「自分の責任で自分で決める」を大事にするようになりました。

私はただ、子供達のイキイキとしたキラキラした目をみたいだけ。夢や希望に溢れる、本人らしい姿をみたい。

そのために、材料は集めるし、何が必要か考えるし、提案はする。

私の価値観は押し付けない。

親の私が子供の人生に手を出さないを意識しています。

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